序章

本書の構成

■本書の目標

1990年代初頭から2000年代中盤にかけて、メディア・ソフトウェアは、19世紀と20世紀に出現したメディア技術をほとんど置き換えた。 現代メディアの大部分は、カルチュラル・ソフトウェアを通じて制作されアクセスされている。 しかし驚くべきことに、その歴史を知る者はまだほとんどいないのだ。 1960年から1970年代後半に、今日のカルチュラル・ソフトウェアに横たわる概念と実装技術をつくった人々の思考と動機は何だったのか。 1990年代のソフトウェア・ベースの制作手法への移行は、我々の「メディア」概念をどのように変えたのか。 コンテンツ開発ソフトウェアのインターフェースやツールは、現代デザインとメディアに見られる視覚言語の美学をどのように再形成し、なお形づくりつづけているのか。 これらが、本書で取り組む重要な問いである。

私の目標は、カルチュラル・ソフトウェア全般の、または特定のメディア制作ソフトウェアの包括的歴史を提供することではない。 また、何十もの文化領域を横断可能にしたメディア・ソフトウェアの全ての新しい制作技術について議論することも目指していない。 その代わり、1960年から今日にいたるこの歴史の特定の道すじ、非常に重大な箇所を通過する道すじをたどっていく。 以下では、本書の構成をまとめ、本書の各部で展開されるいくつかの重要概念を紹介する。

■カルチュラル・ソフトウェアの先駆者(第1部)

第1部は、1960年代と1970年代を扱っている。 ニューメディア理論家は、デジタルメディアと旧来の物理的、電気的メディアの関係性を理解しようと多くの努力をはらってきた。 一方で、この年代に活動したアイヴァン・サザランド、ダグラス・エンゲルバート、テッド・ネルソン、アラン・ケイらカルチュラル・ソフトウェアの先駆者たちによる著述やプロジェクトといった重要な原典は、いまだほとんど研究されていないままだ。 彼らが、今日コンピュータが表現できるようにしたり、他のメディアを「リメディエート」したりする概念や技術を発明した理由は何だったのか。 この人々と同僚たちの仕事は、なぜコンピュータをメディア制作と操作のための機械に変えたのか。 これらは、「カルチュラル・ソフトウェア運動」の主要登場人物であるアラン・ケイの着想と仕事に着目しながら彼らを探求する第1部で扱う問いである。 ( こうした人々と協働し、今日のメディア・ソフトウェアのDNAを形作るあらゆるものを一緒に発明した数十人もの素晴らしい人々に均等に注意を払った、もっと全体的な歴史や別の歴史を構築できることは間違いない。 例えば、1970年代のゼロックスPARCで働いていたボブ・テイラーチャールズ・サッカージョン・ワーノックらや、最初のMacintoshの設計に尽力した人々だ。 しかしながら、1960年代の最もよく知られた人物たちが、どのように共同的にメディアを変えたのかについて理論的分析がまだないため、本書ではこれらの人物とともに出発し、彼らの理論的著述を分析していく。 )

私は、ケイとカルチュラル・ソフトウェアの先駆者たちが、単に古いメディアをシミュレーションするのではなく、ある種の新しいメディアを作ろうとしていたと推測している。 こうした新しいメディアは、その構成要素としていつも既存の表現フォーマットを使う一方で、それまで存在していなかった多くの特質を付加している。 同時期ケイが想定したように、これらのメディアは拡張可能である。 すなわち、ユーザ自身はたやすく新しい特質を付加でき、新しいメディアを発明できるはずだ。 その結果、ケイはコンピュータを、「既存のメディアから、いまだ発明されていないメディアまで包含する」コンテンツをもった初のメタメディウムと呼んだ。

こうしたメタメディウムの存在に不可欠な基盤は、1960年代から1970年代後半にかけて発展した。 この時代、旧来の物理的、電気的なメディアのほとんどはソフトウェアによって体系的にシミュレートされ、数々の新しいメディアも発明された。 この進展が、インタラクティブなデザイン・プログラム−−アイヴァン・サザランドのスケッチパッド(1962)−−から、様々なクリエイティブのプロ、さらにメディア消費者にも広く利用可能なソフトウェアベースのメディア制作、デザインからなる商用デスクトップ・アプリケーションへ移行した。 AutoCAD (1982)、Word (1984)、PageMaker (1985)、Alias (1985)、Illustrator (1987)、Director (1987)、Photoshop (1989)、After Effects (1993)などだ。 (こうしたPCアプリケーションは、1981年のPaintbox、1985年のHarry、1989年のAvid、1992年のFlameを使っていたTVや映像業界といった業務用市場のさらに高価なシステムと併行していた。)

それから次に何が起こったのか。 1977年に表明されたケイの理論的論述は、その後の30年間の発展を正確に予言していたのか。 または、彼の「メタメディウム」の概念が説明していなかった新しい発展がみられたのか。 確かに、今日の私たちは、ソフトウェアでシミュレートされた多様な既存のメディアを使うとともに、以前には存在しなかった新しいタイプのメディアも使っている。 こうした発明と普及の過程はランダムに起こるのか、それとも特定の道すじに沿っているのか。 換言すれば、コンピュータ「メタメディウム」を拡張する重要な機構は何なのか。

■メディア交雑、進化、ディープ・リミックス(第2部・第3部)

第2部と第3部はこうした問いにあてられている。 ここでは、プロのメディア制作のすべての分野でメディア・ソフトウェアが徐々に採用された1990年代に注目し、コンピュータ・メタメディウムの発展と拡張を駆動した数多くの機構をみる。 私は、こうした発展と、普及の過程が十分なスピードに達した後の1990年代後半の視覚メディアの新しい美学を説明するのに3つの概念を使う。 その3つの概念とは、メディア交雑、進化、ディープ・リミックスである。 第2部では、デジタルメディアの様々なジャンルからひいた数々の事例を解説しながら、このメタメディウムの発展の第二のステージの理論的分析を進める。 第3部では、動画、静止画、合成の新しい美学と、そうした作品を作るためのAfter Effectsのようなソフトウェアのオペレーションとインターフェースの関係を分析しながら、視覚デザイン(モーショングラフィックスとグラフィックデザイン)のためのソフトウェア使用に関する詳細に焦点をあてる。

私は、物理的、電気的メディア技術からソフトウェアへの変化の過程を論じる。 以前は別々のメディアに特有だった個別の技術とツールはすべて、同じソフトウェア環境の中で「一堂に会した」。 この遭遇は、人間の文化の発展やメディアの進化に根本的な影響をおよぼした。 それは、メディア技術の勢力図全体、メディア技術を使うクリエイティブ職、そしてメディアそのものの基本的概念を崩壊し変容させた。

以前は組み合わさることのなかった異なるメディアの技術が、いったんコンピュータでシミュレートされると、新しいメディア・ハイブリッド、生物学的に喩えれば新しい「メディア種」を生み出す終わりなき新たな組み合わせが始まる。 無限の組み合わせの中からのほんの一例として、従来の地図制作技術、地理情報システム(GIS)分野の概念、3次元コンピュータグラフィックスとアニメーション、ソーシャル・ソフトウェア、検索などの要素や技術が組み合わさったGoogle Earthアプリケーションが挙げられる。 私の考えでは、「ソフトウェア化」によって可能となった、以前は別々だったメディア技術を組み合わせる能力は、人間のメディア、人間の記号過程、人間のコミュニケーションの歴史の根本的な新らな段階を象徴している

私は、このメディア進化の新たな段階を、交雑性(ハイブリディティ)の概念を使って説明する。 第一の段階では、コンピュータでシミュレートされた既存のメディアの大部分と、コンピュータ上でのみ実現された多くの新たなタイプのメディアが発明された。 第二の段階では、こうしたシミュレートされたメディアや新しいメディアが特質や技術を交換しはじめた。

こうしたプロセスを、より馴染みあるリミックスと区別するため、私はディープ・リミクサビリティという新しい用語を導入する。 通常、リミックスとは(音楽リミックスのように)単一媒体か、(アニメとミュージックビデオのコンテンツを組み合わせたアニメ・ミュージックビデオのように)少数の媒体のコンテンツの組み合わせのことだ。 しかしながらソフトウェア制作環境によって、デザイナーは異なるタイプの媒体のコンテンツだけでなく、彼らの基本的技術、制作手法、表現方法をリミックスできるようになったのだ。

現在、交雑とディープ・リミックスは、ソフトウェアが使われている全ての文化領域の作品で見ることができる。 それが具体的にどのように機能しているのかを明らかにするために、ある分野に焦点をあてる。 その分野とは視覚デザイン全般であり、その中でもモーショングラフィックスである。 モーショングラフィックスは現代文化のダイナミックな部分であり、私の知る限り、まだどこでも詳細な理論的分析がなされていない。 1950年代と1960年代には、ソール・バスやパブロ・フェッロの作品に、今日のモーショングラフィックスの先駆けとなる素晴らしい作品がすでに見られる。 しかし、その急速な成長は、映像デザインのためのソフトウェアの採用と直接関わる1990年代半ばから始まった。 具体的には、1993年にAdobeがリリースしたソフトウェアAfter Effectsだ。 ディープ・リミクサビリティは、モーショングラフィックスの美学の核心である。 すなわち、今日世界中のモーショングラフィックス作品の大部分は、アニメーション、ドローイング、タイポグラフィ、写真、3次元グラフィックス、ビデオなど異なる技術とメディア慣習を新たに組み合わせることから美的効果を引きだしている。 分析の一部として、ひとつのソフトウェアから別のソフトウェアへ移動する作品での方法のような、現代的デザインスタジオでの典型的なソフトウェアベースの制作ワークフローが、どのようにモーショングラフィックスと視覚デザイン全般の美学を形作っているのかを検討する。

■ソーシャルメディアを分析しない理由

文化の電子化の次の大きな波は、別の種類のソフトウェアに関係している。 ソーシャル・ネットワーク、ソーシャル・メディア・サービス、モバイル・プラットフォームのアプリだ。 ソーシャル・ネットワークとソーシャル・メディアの波は、ゆるやかに始まり、2005〜2006年に激しく噴き上げ(Flickr、YouTube)、その射程を広げながら前進しつづけている。 1990年代のメディア革命は、プロのクリエイティブに衝撃を与えた。 2000年代のメディア革命は、その他の人々に影響を与えた。 すなわち、Facebook、Twitter、Firefox、Safari、Google検索、Googleマップ、Flickr、Picasa、Vimeo、Blogger、そしてモバイル・プラットフォームにある数々のアプリとサービスを使う何億もの人々のことだ。

我々はいまだ、凋落する人気のソーシャル・メディア・サービスがあれば、成長するものもある(MySpaceの運命を思い起こしてほしい)、ソーシャル・メディアの普及の最中にいる。 そしてソフトウェアの「ソーシャル」機能は今なお拡張しつづけている。 そのため、この新しい波を詳細に理論的分析することを試みるのは時期尚早だと判断した。 (このことは、本書の草稿でソーシャル・メディアに関する部分を編集しはじめた後に明らかになった。 私が詳細に分析したソーシャル・メディア・サービスのいくつかはすでに存在していなかったのだ……。) そこで私は、ソーシャル爆発以前の「デジタルメディア」を実現し形作った根本的発展をたどることに集中する。 1960年代から1970年代のメディア生成と編集のための機械としてのコンピュータに関する概念、1980年代から1990年代のメディア・アプリケーションへの実装、その後すぐに起こった視覚メディア言語の変化だ。

正確に言えば、我々は1961年から1999年にかけてこの歴史を枠づけることができる。 1961年、MITでアイヴァン・サザランドが、公開された初のコンピュータ・デザイン・システムになるスケッチパッドを開発した。 1999年、Premiereインポートが導入されたAfter Effects 4.0、ベクター・シェープが追加されたPhotoshop 5.5、そしてFinal Cut Proの最初のバージョンを発表したApple。 つまり、即納コンピュータのむこうに特別なハードウェア不要でプロのメディアを制作可能な相互運用可能なメディア制作・編集ツールが完成したのだ。

この変化の連続を示すために、分析するつもりの特定のメディア・プロジェクトの事例は、1990年代と2000年代から引き出されるだろう。 しかしながら、メディア・アプリケーションのインタフェースとコマンドを議論するとき、ソフトウェア・ユーザとできるだけ関連した議論にするために直近のバージョンを使用する。 したがって、2000年代終盤にあらわれたコンシューマー向けのメディア・ソフトウェアに付加されたソーシャル・メディア互換機能(例えばiPhotoの「共有」メニュー)についても扱う。 そして、交雑化の機構は、プロ用のメディア・ソフトウェアや本格的に制作されたメディアに限らず、ソーシャルWebソフトウェアやサービスの進化において重要な役割を果たしているため、そうしたサービスで有名な事例もあつかう。 例えば、Google Earthだ。

■分析対象ソフトウェアのカテゴリー

事例として、特定のメディア・ソフトウェア・アプリケーションをとりあげることについてもコメントする必要があるだろう。 今日、もっとも広く使用されているメディア制作用のデスクトップ・アプリケーションを取り上げた。 Photoshop、Illustrator、InDesign、Dreamweaver、After Effects、Final Cut、Maya、3ds Max、Word、PowerPointなどだ。 これらのソフトウェアは、メディア制作ソフトウェアの異なるカテゴリーを例証している。 画像編集、ベクター・グラフィックス、ページ・レイアウト、Webデザイン、モーショングラフィックス、ビデオ編集、3次元モデリングとアニメーション、ワードプロセッシング、プレゼンテーション。 そのほか、ひろく使われているWebブラウザ(Firefox、Chrome、Internet Explorer)、ブログ・ツールとサービス(WordPress、Blogger)、ソーシャル・ネットワーク(Facebook、Twitter、Google+)、メディア共有サービス(Flickr、Pinterest、YouTube、Vimeo)、電子メールサービスとクライアント(Gmail、Microsoft Outlook)、Webベースのオフィス・スイート(Google Docs)、コンシューマ向けの地理情報システム(Google Earth、Bingマップ)も参照することがでくる。 ユーザがメディアとどのように関わるかにも関心を持っているので、新しいコンピュータにプリインストールされているメディア・プレイヤー(Windows Media Player、iTunes、QuickTime)と文書閲覧アプリケーション(Adobe Reader、Mac OS Preview)も本書が扱う重要なソフトウェア・カテゴリーである。 ソフトウェアによっては人気を失って、別のソフトウェアが市場シェアを稼ぐようになるように、前述のリストは、本書が読まれる時点では何かしら違ってみえるかもしれない。 また多くのソフトウェアはデスクトップからWeb上のソフトウェアへと完全に移行しているかもしれない。 しかし、このカテゴリーは同じまま残っているだろう。

私は、できるだけ今日のデザイナーやアーティストと関連した議論をしたいので、人気がなくなったり存在していないような歴史的で重要なプログラムの名前は、軽く言及するだけにとどめる。 例えば、QuarkXpress、WordPerfect、Macromedia Directorだ。 幸運なことに、これから分析する二つのソフトウェア、Photoshop(第2章)とAfter Effects(第5章)は、1990年代と同様に現在も広く使われている。

■高価なシステムを分析対象にしない理由

1980年代と1990年代に非常に重要だった別のタイプのデジタルメディア制作・編集システムについては議論しない。 この時代のパーソナルコンピュータのグラフィックス処理能力はまだ限られていたため、こうしたシステムは、シリコングラフィックス社の(特別用途のミニコンピュータである)グラフィックス・ワークステーション上で動いていり、専用ハードウェアが使われていた。 以下は年代順に並べたリストである。括弧内は、機能、企業名、発売年である。 Paintbox (テレビ放送用のグラフィックス, Quantel, 1981)、 Mirage (デジタル・リアルタイム・ビデオ・エフェクト処理, Quantel, 1982)、 Personal Visualizer (3次元モデリング・アニメーション, Wavefront, 1988)、 Henry と Hal (エフェクト編集・グラフィックス・合成システム, Quantel, 1992) Inferno と Flame (映画とビデオ用の合成, Discreet Logic, 1992)。

1990年代半ば、SGIワークステーションとセットのFlameは45万ドル、Infernoシステムは70万ドルだった。 2003年に発表されたInferno 5とFlame 8の希望価格は、それぞれ57万1500ドルと26万6500ドルだった。 こうした価格のため、これらのシステムは、テレビや映画のスタジオ、巨大なビデオエフェクト企業でのみ使われていた。

今日、長編映画、長編アニメーション、テレビコマーシャルといった、莫大な量のデータと関わる最も厳しいメディア制作の領域では、いまでもこれらのシステムの高価なソフトウェアに頼っている。 2000年代の終わりに、企業がこれらのプログラムのPC、Mac、Linux版を提供し始めた一方で、 今日の最もハイエンドなバージョンはまだ特別なハードウェアを必要とし、価格も高止まっていることがほとんどだ。 (例えば、ビデオ編集、エフェクト、色調整に使われるSmoke、Flame、Lustreを含むAutodesk Flame Premiumの2010年版は、12万5000ドルである。)

多くの読者はこうした高価なシステムの業務経験をもっていないと思われるので、本書で詳しく述べないつもりだ。 しかしながら、1980年代から1990年代の映像メディアのより包括的歴史(将来だれかが書いてくれることを期待する)には、これらのシステムとその利用の考古学と系譜学が間違いなく必要だろう。

■商用ソフトウェアを分析対象にする理由

最後に、もう一つの説明がある。 読者のなかには、私がオープンソースの代替ソフトウェアではなく、メディア制作・編集の商用アプリケーションに焦点をあてていることに不満をもつかもしれない。 例えば、GimpよりもPhotoshop、InkscapleよりもIllustratorを論じる。 私はオープンソースとフリーアクセスを愛しているし、いつも仕事で使っている。 1994年から、私は自分のWebサイト manovich.net で全論文をフリーダウンロードできるようにした。 そして2008年には、研究所(www.softwarestudies.com)を立ち上げ、大量のデータセットを分析し視覚化することを始めた。 そこで我々は、フリーソフトウェア/オープンソース戦略に沿って、開発したツールはフリーで提供し、改変可能にした。

本書が、オープンソースの同等ソフトウェアより商用のメディア制作・編集ソフトウェアに焦点をあてている理由は単純だ。 ソフトウェア文化のほとんど全ての領域で、人々はフリーのアプリケーションとWebサービスを利用している。 Webブラウザ、Webメール、ソーシャル・ネットワーク、携帯端末用のアプリ、プログラミング言語、スクリプティング言語などだ。 企業はこうしたフリーのアプリケーションとサービスに課金していない。 なぜなら企業は、別の方法(広告、追加機能・サービスへの課金、会費、デバイス販売)で金を稼いでいるからだ。 しかしながら、メディア制作・編集のプロ用のツールの場合、商用ソフトウェアが独占している。 これは必ずしも良いとは言えないが、単純に非常に多くの人が利用しているのだ。 (例えば、Googleトレンドに「Photoshop」と「Gimp」を入力すると、2004年から、前者は後者の約8倍の検索回数を表示する。) 私は、一般的なユーザ経験、もっとも一般的な制作ツール、つまり全て商用製品で作られた何百万もの作品に共通するメディア美学の特徴に関心をもっているため、こうした製品を分析対象とした。 メディア・アクセスとコラボレーションのツールを分析するさいも、同様にもっとも広くつかわれている製品を分析する。 この場合、企業が提供するフリーのソフトウェアやサービス(Safari、Google Earth)と、フリー・オープンソースソフトウェア(Firefox)の両者を含める。


序章